谷九ホテヘル&待ち合わせ 亭主関白

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男が見栄を張る理由。モテたい欲望とプライドが生む、愛すべき滑稽さ

男が見栄を張る理由。モテたい欲望とプライドが生む、愛すべき滑稽さ

男は、見栄を張る。

年収を少し盛る。
忙しい自分を少し誇らしげに語る。
昔はそこそこモテた、みたいな顔をする。
本当はめちゃくちゃ気にしているのに、
「別に本気じゃないし」と余裕ぶる。
女性の笑顔を、少しだけ都合よく解釈する。
夜の店では「俺は分かっている客です」という顔をしながら、
内心では女の子の一言に普通に浮かれる。

まったく困った生き物である。

男は猿だ。
ただし、スーツを着て、財布を持ち、
スマホを握りしめ、プライドだけは一丁前に育った、
たいへん面倒くさい猿である。

もちろん、男にも理性はある。
教養もある。
仕事もする。
税金も払う。
それなりに社会性もある。

だが、好きな女の前、夜の店、
男同士のマウント合戦、若い男と並んだ瞬間。
そのあたりで、男の中の猿はむくりと起き上がる。

「俺はまだいける」
「俺はナメられていない」
「俺は価値のある男だ」
「俺はモテる側の人間である」

そう思いたい。
思いたくて仕方がない。

その願いが、少し格好悪く包装されたもの。
それが男の見栄である。

男の見栄は、心のシークレットブーツである

見栄とは、自分を実物より少し大きく見せる行為だ。

背を高く見せたい。
器を大きく見せたい。
金に余裕があるように見せたい。
女慣れしているように見せたい。
本当は不安なのに、余裕があるように見せたい。

つまり男の見栄は、心のシークレットブーツである。

本人が一番、本当の身長を知っている。
そこがまた哀しい。

「昔はけっこう遊んでた」
「俺、こういう店は慣れてるから」
「最近忙しすぎて全然寝てない」
「まあ、俺はあんまり本気にならないタイプだから」
「あの子、たぶん俺に気あると思うんだよね」

言った瞬間、本人の中にも薄く恥ずかしさはある。
あるのだ。
ないふりをしているだけで。

本当に遊び慣れている男は、「遊び慣れている」と言わない。
本当に余裕のある男は、「余裕がある」と見せつけない。
本当にモテる男は、過去のモテ話を店の女の子に延々と語らない。

語る男は、確認しているのである。

「俺、まだ大丈夫だよな?」
「俺、小さく見えてないよな?」
「俺、ちゃんと男として通用してるよな?」

そういう不安を、笑顔と自慢話で包んでいる。
包装紙だけ派手で、中身はわりと震えている。

だから男の見栄は、腹立たしい。
そして、少し切ない。

男は強いから見栄を張るのではない

見栄っ張りな男を見ると、自信満々に見えることがある。

偉そうに話す。
上から目線になる。
自分の実績を語る。
店員や女性の前で、やたら大きな態度を取る。

しかし、その奥にあるのは、必ずしも強さではない。

むしろ、弱さである。

男は強いから見栄を張るのではない。
弱いところを見られたくないから、強そうな顔をするのだ。

負けていると思われたくない。
稼げない男だと思われたくない。
モテない男だと思われたくない。
余裕のない男だと思われたくない。
小さな男だと思われたくない。

この「小さく見られたくない」という恐怖は、
男の胸の奥にかなり深く刺さっている。

だから男は、ときどき妙な方向に頑張る。

聞かれてもいない仕事の規模を話す。
昔の武勇伝を引っ張り出す。
女に困っていないような顔をする。
本当は財布の中身を気にしているのに、気前よく見せようとする。
本当は傷ついているのに、「全然気にしてない」と笑う。

なんともいじましい。

しかも本人は、それを「プライド」だと思っている。
だが、よく見るとプライドというより、不安の変装である。

男らしさは更新制である

男らしさというものは、どうやら更新制らしい。
しかも更新通知が毎日来る。

若い頃に少しモテた。
仕事で一度評価された。
女に一度褒められた。
それで永年ライセンスが発行されるわけではない。

男はずっと、何かを証明させられている気がしている。

稼げているか。
頼られているか。
ナメられていないか。
若い男に負けていないか。
性的にまだ現役か。
女を喜ばせられるか。
男として終わっていないか。

誰もそこまで厳しく審査していないかもしれない。
しかし、男の中には勝手に審査員がいる。
しかもそいつは、やたら厳しい。

年齢を重ねると、この審査員の声はさらにうるさくなる。

腹が出てきた。
髪が薄くなってきた。
昔ほど無理が利かない。
若い男の勢いがまぶしい。
女性の反応が、昔と少し違う気がする。

そこで男は焦る。

焦った男は、見栄を張る。
時計を見せる。
肩書きを語る。
昔の話をする。
「まだまだ現役」と言いたくなる。

夜の店で優しくされると、そこに少し救われることもある。
「まだ俺は男として見られている」
そう思いたいのだ。

もちろん、それが接客だと分かっている。
分かっているのだ。
分かっているのに、少しだけ夢を見たい。

この「分かっているのに夢を見る」というところが、
男の愚かさであり、哀しさである。

高級時計と車のキーは、現代の孔雀の羽である

動物のオスは、選ばれるためにいろいろなものを見せる。

孔雀は羽を広げる。
鹿は角を見せる。
鳥は鳴く。
魚は色づく。

では、人間の男は何を見せるのか。

腕時計である。
車である。
肩書きである。
予約した店である。
支払いのスマートさである。
忙しい俺である。
若い頃の武勇伝である。

男のブランド時計は、現代の孔雀の羽だ。
時間を見るためではない。
見られるためにある。

もちろん、すべての高級品がモテ目的だと言うつもりはない。
純粋に好きで持つ人もいる。
品質に惚れている人もいる。
趣味として楽しんでいる人もいる。

だが、男の見栄がそこに乗りやすいのも事実だ。

車のキーを妙に見える位置に置く。
会計のときだけ急に声が大きくなる。
「この店、よく来るんだよね」と言う。
聞かれてもいないのに、取引先や仕事の規模を話す。

それはたぶん、現代の求愛ダンスである。
ただし、孔雀よりだいぶ面倒くさい。

孔雀は黙って羽を広げるだけだ。
男は羽を広げながら、説明までしてしまう。
そこが野暮である。

男は「モテたい」のではない。「価値がある男だと思われたい」

男はモテたい。

これはもう、きれいごとを言っても仕方がない。
モテたい。
好かれたい。
選ばれたい。
性的にも見られたい。
「あり」だと思われたい。

ただ、男のモテたい欲望は、単なる性欲だけではない。

その奥には、価値確認がある。

女性に笑ってほしい。
褒められたい。
頼られたい。
すごいと思われたい。
自分が相手を楽しませられる男だと思いたい。
自分が誰かにとって価値のある男だと感じたい。

つまり、男は女を抱きたいのではなく、
女に「抱かれてもいい男」だと認められたいのかもしれない。

ここが厄介なのだ。

性欲だけなら、まだ話は単純である。
しかし男の場合、そこにプライドと承認欲求が絡まる。
下心と自尊心が、泥団子のように混ざる。

だから女性に褒められると弱い。

「頼りになるね」
「すごいね」
「一緒にいると楽しい」
「また会いたい」

このあたりの言葉は、男の心に直で刺さる。
そして刺さった瞬間、男は冷静さを失う。

褒められているのは、その場の空気かもしれない。
仕事としての会話かもしれない。
社交辞令かもしれない。

でも男は、そこで少しだけ本気にしたくなる。

なぜなら、その言葉は性欲ではなく、自尊心に触れてくるからだ。

女性の笑顔ひとつで、男の脳内には祭りが立つ

女性が笑ってくれた。
名前を覚えてくれていた。
目が合った。
距離が近かった。
「また来てね」と言ってくれた。
少しだけ特別な話をしてくれた気がした。

それだけで、男の脳内には小さな祭りが立つ。

太鼓が鳴る。
屋台が出る。
提灯が灯る。
「これは、もしや」と町内会がざわつく。

実際には、接客かもしれない。
礼儀かもしれない。
社交辞令かもしれない。
その場を楽しくするためのプロの気遣いかもしれない。

でも男は、そこに意味を見たがる。
なぜなら、意味があってほしいからだ。

男は事実を見ているようで、たいてい願望を見ている。

これは夜の店で特に起こりやすい。
女性は仕事として優しくする。
楽しい時間を作る。
名前を覚える。
笑う。
相手が気持ちよく過ごせるように振る舞う。

それを頭では分かっている。
分かっているのに、心のどこかでこう思う。

「でも、俺にはちょっと本音だったのでは?」

はい、出ました。
男祭りです。

この祭りは、なかなか厄介だ。
一人で楽しむぶんには可愛い。
しかし、それを相手に背負わせ始めると、一気に野暮になる。

「俺だけは特別だよね?」
「仕事じゃなくて本心でしょ?」
「本当は会いたいんでしょ?」

ここまで行くと、もう祭りではない。
迷惑な騒音である。

夢を見るのはいい。
だが、夢を相手の現実に押しつけてはいけない。

「俺は本気じゃない」は、本気になりそうな男の防波堤である

男は、本気になるのを怖がる。

なぜなら、本気になったら負けた気がするからだ。

惚れているとバレたくない。
振り回されていると思われたくない。
余裕のない男だと思われたくない。
自分だけ熱を上げているように見られたくない。

だから男は、先に言う。

「俺、あんまり本気にならないタイプだから」
「恋愛に依存しないんだよね」
「別に付き合いたいとかじゃないし」
「まあ、遊びだから」
「俺、そういうの重く考えないから」

この言葉が出るとき、男はだいたい何かを守っている。

本当にどうでもいいなら、わざわざ言わない。
気にしていないなら、そんな予防線を張らない。
本気になりそうだから、先に防波堤を作っているのだ。

「俺は本気じゃない」は、
本気になりそうな男が自分の前に積む土のうである。

そして、その土のうの裏でスマホを見ている。
通知が来るかどうかを気にしている。
さっきの会話を思い出している。
「変なこと言ったかな」と反省している。

余裕ぶる男ほど、内心ではスマホの通知に寿命を握られている。

まったく、情けない。
だが、身に覚えのある男は多いはずだ。

男の自慢話は、実績発表ではなく自分への応援歌である

男は自慢話をする。

昔モテた話。
仕事で大きな案件を回した話。
若い頃やんちゃだった話。
寝てない自慢。
忙しい自慢。
女を分かっている自慢。
高い店を知っている自慢。
人脈がある自慢。

聞かされる側はたまったものではない。

しかし、少し見方を変えると、
男の自慢話はただの自慢ではない。
あれは、自分への応援歌である。

「俺はまだ大丈夫」
「俺は小さな男じゃない」
「俺には価値がある」
「俺はちゃんとやれている」
「俺は見捨てられる側ではない」

そう自分に言い聞かせている。

だから自慢話をしている男は、どこか必死だ。
聞いている女性が笑う。
男は「ウケている」と思う。
しかし実際には、その話の内容ではなく、
その必死さが面白がられていることもある。

落語なら、ここで客席が笑う。

本人は二枚目のつもりで語っている。
だが、外から見ると三枚目である。
このズレが、男の滑稽さだ。

男の自慢話は、実績発表ではない。
自分に向けた応援歌である。

問題は、その歌をフルコーラスで聴かされる側の身にもなれ、ということだ。

夜の店は、男の見栄がいちばん裸になる場所である

夜の店には、男のいろいろなものがやって来る。

性欲。
寂しさ。
承認欲求。
プライド。
若さへの未練。
仕事の疲れ。
家庭や日常では出せない甘え。
誰かに男として扱われたいという願い。

つまり、夜の店で脱がされるのは服だけではない。
男の見栄も、だいたい少し脱げている。

「俺はいい客だと思われたい」
「特別な客だと思われたい」
「ただの客ではないと思われたい」
「この子には本当の俺を分かってほしい」

こういう欲望は、案外よくある。

そして、それ自体は悪ではない。
人は誰でも、少しは特別でありたい。
誰かに覚えていてほしい。
自分をその他大勢ではなく、一人の男として見てほしい。

だが、そこにしがみつくと野暮になる。

粋な男は、夢を見る余白を楽しむ。
しかし、現実の線を越えない。

女の子の笑顔を楽しむ。
会話を楽しむ。
褒められたら素直に喜ぶ。
でも、それを支配や所有のサインだとは思わない。

見栄も少しはあっていい。
格好つけたい夜もある。
いい男だと思われたい気持ちも、人間らしい。

ただし、その見栄で相手を困らせるな。
相手の仕事を自分の恋愛物語に勝手に変換するな。
欲望を相手に背負わせるな。

ここで踏みとどまれるかどうかが、大人の差である。

理想の俺と現実の俺。その差額を埋めるために男は盛る

男の中には「理想の俺」がいる。

余裕がある。
稼げる。
モテる。
頼られる。
女を喜ばせられる。
動じない。
嫉妬しない。
未練を見せない。
夜の店でもスマートに遊ぶ。

だが、現実の俺はどうか。

LINEの返信で揺れる。
褒められるとすぐ好きになる。
若い男を気にする。
少し優しくされると勘違いする。
昔の武勇伝を擦る。
余裕があるふりをしながら、
内心ではまあまあ焦っている。

この差がつらい。

理想の自分と現実の自分が離れているほど、
人はどこか居心地が悪くなる。
その居心地の悪さを埋めるために、男は盛る。

年収を少し盛る。
仕事の話を少し盛る。
モテた過去を少し盛る。
余裕を少し盛る。
本当は傷ついたのに、平気なふりを盛る。

男の見栄は、理想の自分から現実の自分へ届く督促状である。

「まだ足りないぞ」
「もっと立派でいろ」
「もっと余裕を見せろ」
「もっと男らしくあれ」

そんな督促に追われて、男は今日も少しだけ背伸びをする。

それが滑稽である。
同時に、少し泣ける。

それでも男の見栄が少し愛らしい理由

男の見栄は、たしかにしょうもない。

面倒くさい。
腹立たしい。
しつこい。
ときに迷惑。
ときに見苦しい。
そして、だいたいバレている。

だが、すべてが悪意ではない。

その奥には、「見てほしい」がある。

すごいねと言われたい。
頼りになるねと言われたい。
まだまだ男だねと思われたい。
一緒にいて楽しいと思われたい。
選ばれたい。
認められたい。
小さく見られたくない。

つまり、寂しいのだ。

男の見栄は、威張りではなく、
寂しい求愛であることがある。

そう考えると、少しだけ見え方が変わる。

高級時計を見せる男。
仕事の話を盛る男。
「俺は本気じゃない」と言いながら本気になっている男。
女性の笑顔を勝手に都合よく解釈している男。
夜の店で「俺だけは特別」と思いたがる男。

全員、馬鹿である。
だが、どこか人間臭い。

笑ってしまう。
でも、笑いながら少し胸が痛い。

なぜなら、その馬鹿さの中に、自分もいるからだ。

見栄を捨てろ、とは言わない

見栄を完全に捨てろ、とは言わない。

そんなことは無理だ。
男である以上、少しくらい格好つけたい。
よく見られたい。
モテたい。
余裕があると思われたい。
ナメられたくない。
大切な相手の前では、少しでも立派でいたい。

それは自然なことだ。

問題は、見栄そのものではない。
見栄で人を傷つけることだ。
見栄で相手を下に見ることだ。
見栄で好意と仕事を混同することだ。
見栄で自分を見失うことだ。

どうせ見栄を張るなら、
あとで笑える程度にしておけ。

「ちょっと格好つけちゃったな」
「少し盛ったな」
「浮かれてたな」
「俺もまだまだ馬鹿だな」

そう笑えるなら、まだ愛嬌で済む。

だが、相手を困らせた瞬間、
その見栄は愛嬌ではなく野暮になる。

男の見栄は、ゼロにしなくていい。
ただし、人に迷惑をかけた瞬間、愛嬌ではなく野暮になる。

ここだけは覚えておいたほうがいい。

結局、男が見栄を張る理由とは何か

男が見栄を張るのは、モテたいからだ。
これは間違いない。

しかし、それだけではない。

認められたいから。
小さく見られたくないから。
選ばれたいから。
まだ終わっていないと思いたいから。
理想の自分と現実の自分の差に、
毎日こっそり傷ついているから。

つまり男の見栄とは、プライドの形をした不安である。

その不安が、性欲や承認欲求と混ざる。
すると男は、実に滑稽なことをする。

盛る。
語る。
余裕ぶる。
勘違いする。
強がる。
平気なふりをする。
本気じゃないふりをする。
しかし帰り道で、ひとり反省する。

そこが男のどうしようもなさであり、愛らしさでもある。

男の見栄とは、モテたい猿が人間の言葉を覚えた結果、
生まれてしまった哀しい芸である。

男は愚かで、野暮で、すけべで、少しだけ可愛い

男は愚かだ。

見栄を張る。
勘違いする。
プライドを守るために余計なことを言う。
モテたいくせに、モテたいと言えない。
本気なくせに、本気じゃないふりをする。
傷つきたくないから先に笑う。
小さな優しさを、勝手に希望に変える。

まったく面倒な生き物である。

だが、その面倒くささの中に、人間臭さがある。

欲望がある。
不安がある。
寂しさがある。
誰かに見てほしいという願いがある。
まだ自分は大丈夫だと言ってほしい、小さな祈りがある。

だから男の見栄は、笑える。
痛い。
恥ずかしい。
腹立たしい。
でも、少し愛しい。

男の見栄は、たしかに馬鹿馬鹿しい。
けれどその奥には、誰かに選ばれたい、認められたい、
まだ大丈夫だと言ってほしい、小さな男の祈りがある。

その滑稽さを笑いながら、少しだけ抱きしめる。
それくらいの距離で見ると、男という生き物は、
どうしようもなく哀しくて、少し可愛い。

そして今日も男は、少しだけ自分を大きく見せる。
バレているとも知らずに。
いや、薄々バレていると知りながら。

それでもなお、背伸びをする。

その姿は、最高にみっともない。
そして、ほんの少しだけ、美しくはないだろうか。

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