目次
風俗は“男の社交場”だった
風俗といえば、現代の男たちのストレス発散&快楽の場。
でも、ちょっと待ってほしい──
あの偉人たちも、俺たちと同じように“風俗通い”してたって知ってた?
政治、経済、文化…
大きな仕事を成し遂げたその裏に、
ちゃっかり“夜のリラックスタイム”を楽しんでた男たちがいる。
今回はそんな「風俗好きな偉人たち」のエロエピソードをまとめて紹介!
■伊藤博文:留学中も、帰国後も、女・女・女!
日本初の総理大臣にして、日本初のカーセックス記録保持者(!?)
とも言われる伊藤博文。
彼の風俗エピソードはガチで桁違い。
・若い頃の留学先・ロンドンで、毎晩のようにソーホー地区の娼婦と戯れまくり。
→ 持参金を全て風俗に突っ込んで使い果たし、帰国命令が出るほど。
・帰国後も芸者遊び三昧。
→ 特に有名なのが、馬車の中で芸者と行為に及んだという逸話(=日本初のカーセックス説)。
・明治天皇にすら「いい加減にしろ」と怒られるレベルの性豪ぶり。
「女を掃いて捨てる“箒”」というあだ名は伊達じゃない。
■石川啄木:貧乏でも通う、ガチの風俗ジャンキー
「働けど働けど我が暮らし楽にならず」でおなじみの啄木センセイ。
その“暮らしが楽にならなかった原因”──実は風俗通いのしすぎ。
・借金まみれなのに、浅草の遊郭に週イチで通う生活。
・妻と子どもが待っているにもかかわらず、
「また今週も行ってしまった…」と反省しつつ風俗通いをやめられない。
・しかもその様子を、全部ローマ字で日記に記録していたという律儀さ。
つまり、自分の風俗記録をわざわざ他人が読めないように“暗号化”して綴っていたわけで…
いやもう、それ書いてる時点で後ろめたいの丸わかりだろ!
でも、そんな彼の“夜の冒険”が、
のちの詩に深みを与えたのかもしれない。
■一休宗純:とんち坊主のイメージからは想像もつかない夜の顔
アニメで親しまれる“とんちの一休さん”のイメージからは意外なことに、
禅僧・一休宗純は晩年、尼僧と同棲しながら遊郭にも通うという、なかなかのスケベぶりを発揮していた。
戒律を破る行為をしていながら、それを隠すことなく生きる姿勢は、
“煩悩を断ち切る”のではなく、“煩悩と共に生きる”という哲学の表れだったのかもしれない。
エロも悟りも、紙一重。
・遊郭での体験を詩や漢詩に織り交ぜ、言葉巧みにスケベを芸術に昇華。
・78歳になっても若い女性の愛液を口いっぱいに含んだと詩で告白。
・「酒・女・詩・風流こそが悟り」と説き、
仏教の教義をぶっ飛ばすレベルの自由人ぶりを発揮していた。
紅い蓮の中に仏を見たか!?
仏とエロスを地続きに語った稀代の破戒僧、ここにあり。
■番外編:渋沢栄一や井上馨も風俗好き!?
・渋沢栄一(資本主義の父)は、実は女癖が悪いことで有名。
→ 伊藤博文らと一緒に「お忍びで女遊び」していた記録あり。
・井上馨(政治家)も、社交の場として風俗街を活用。
→ 外交や経済の話が、実は夜の遊び場で交わされていたとか。
つまり、**風俗は“大人の社交場”**だったというわけ。
まとめ:風俗を嗜むのは、偉人の証?
伊藤博文、石川啄木、一休宗純……
一見カタブツに見える彼らも、
実は俺たちと同じく、風俗で癒やされ、楽しみ、刺激を得ていた。
・風俗は、男たちの心をほぐす“裏の戦場”だった
・偉人たちは、そこで人間性や感性を磨いていた
・時代が変わっても、「男の癒やし」の本質は変わらない
「英雄色を好む」は、
ただの色好みじゃなく、“男の生きざま”だったのかもしれない。
エッチな歴史をもっと知りたい?エロネタクロニクル記事はコチラ
遊女の技術
クンニリングス文化史
平安ドスケベ熟女
せんずり大全
日本の性文化はこうして育った
大阪風俗街の歴史
人類の“神聖なるアソコ”信仰史
エロで歴史を動かした女傑
太古のSEX教本
【偉人艶列伝】クレオパトラ
風俗文化クロニクル
大人のおもちゃの進化

