目次
M男は、褒められて戻るだけではない。
前回は、責められ、耐え、崩されたあとに、
「よくできたね」
と拾い上げられる快感について書いた。
たしかに、それは甘い。
責められた自分を見届けてもらう。
耐えた自分を認めてもらう。
壊された自分を、もう一度回収してもらう。
でも、M男の中には、もう少し暗くて、もう少し甘い欲望がある。
戻りたくない。
褒められて救われても、すぐにちゃんとした男に戻りたくない。
立派な自分に戻りたくない。
社会で通用する顔を、もう一度かぶり直したくない。
もう少しだけ、ダメな男のままでいたい。
情けない自分。
甘えた自分。
判断できない自分。
誰かに見張られないと崩れてしまう自分。
そんな自分のまま、少しだけ沈んでいたい。
これは、ただ堕落したいという話ではない。
人生を捨てたいという話でもない。
M男は、ダメな男になりたいのではない。
ダメな男でいても許される場所が欲しいのだ。
M男は「戻りたい」だけではない
Mの時間には、戻る快感がある。
責められて、褒められて、現実に戻る。
壊されて、拾われて、大人の男に戻る。
それはたしかに救いだ。
でも、ときどき思う。
まだ戻りたくない。
もう少しだけ、弱いままでいたい。
もう少しだけ、情けないままでいたい。
もう少しだけ、ちゃんとしていない自分を許されていたい。
この感覚は、かなり恥ずかしい。
大人の男なら、戻らなければならない。
仕事もある。
生活もある。
責任もある。
人前に出れば、いつもの顔をしなければならない。
それはわかっている。
でも、わかっているからこそ、
戻りたくない夜がある。
ダメな男でいたいとは、
現実を壊したい願望ではない。
立派な男に戻ることを、
少しだけ先延ばしにしたい欲望だ。
その先延ばしが、甘い。
「まだそのままでいいよ」
「無理に戻らなくていいよ」
「ほんと、しょうがない男だね」
そんなふうに扱われると、
M男の中の何かがほどける。
褒められて救われるM男もいる。
けれど、救われたあとに、
まだそこにいたいと思うM男もいる。
“ちゃんとした男”でいることは、思ったより疲れる
男は、日常でずっと何かを演じている。
働く。
判断する。
頼られる。
失敗しないようにする。
弱音を隠す。
感情を飲み込む。
余裕のある顔をする。
できる男。
普通の男。
大人の男。
ちゃんとした男。
そういう顔を、毎日どこかでかぶっている。
もちろん、それは必要なことでもある。
社会で生きるには、ちゃんとする力がいる。
責任を持つことも、自立することも、大事だ。
でも、ずっとそれをやるのは疲れる。
ちゃんとした男の顔は、便利だ。
けれど、ずっと被っているには重すぎる。
M男は、責任から逃げたいのではない。
ときどき、ちゃんとした男でいることを休みたいのである。
ここは第1回の「責任を預ける」より、さらに深い。
責任だけではない。
大人であることそのものを休みたい。
判断したくない。
頑張りたくない。
気を利かせたくない。
強いふりをしたくない。
まともな男の顔をしていたくない。
だから、命令される。
だから、管理される。
だから、下に置かれる。
だから、できない男として扱われる。
それは逃げではなく、避難に近い。
ずっと張っていた背筋を、
少しだけ丸める場所。
ずっと保っていた自尊心を、
少しだけ床に置く場所。
ずっと演じていた大人の男を、
一時的に休ませる場所。
M男にとって“ダメな男でいる時間”は、
そんな避難所になることがある。
その“戻りたくなさ”の中に、この第5回の本質がある。
ダメな男でいたい願望は、“大人を休む”ことに近い
心理学には、強い不安やストレスの中で、
心が少し幼い状態に戻ろうとする動きがある。
難しく考えなくていい。
ここでは簡単に、大人を休む心の動きと考えるとわかりやすい。
大人は、いちいち泣けない。
大人は、すぐに甘えられない。
大人は、自分の機嫌を自分で取らなければならない。
大人は、できないことを誰かのせいにしにくい。
だから疲れる。
M男が“ダメな男でいたい”と思うとき、
そこには大人を休みたい気持ちがある。
自分で決めたくない。
自分で立て直したくない。
自分で説明したくない。
自分で強がりたくない。
ただ、誰かに見られていたい。
誰かに扱われていたい。
誰かに「しょうがない」と言われていたい。
それは、幼稚なのかもしれない。
でも、人間には幼稚な部分がある。
どれだけ立派に見える男の中にも、
疲れた。
構ってほしい。
許してほしい。
もう頑張りたくない。
という、みっともない声がある。
M男は、その声をエロく差し出してしまう男なのだ。
「俺、ちゃんとできません」
「一人では立てません」
「見張ってください」
「ダメなまま置いてください」
そんなことを言葉にしたら、かなり恥ずかしい。
でも、その恥ずかしさこそ甘い。
M男が求めているのは、人生を捨てることではない。
ほんの一時、子どものように扱われる避難所だ。
M男は、無力でいたい夜がある
第1回では、M男は責任を預けたい男だと書いた。
でも第5回では、もう一段沈む。
責任だけではなく、能力すら放棄したい夜がある。
自分で考えられる。
自分で動ける。
自分で決められる。
自分で何とかできる。
本当はできる。
でも、できるから疲れる。
できる男であることは、便利だ。
けれど、できる男でいる限り、
周りはまた求めてくる。
できるんでしょ。
わかるんでしょ。
何とかできるんでしょ。
大丈夫なんでしょ。
そうやって、男はどんどん
「大丈夫な人」にされていく。
だから、M男はふと思う。
大丈夫じゃない自分でいたい。
できない男として扱われたい。
自分で何とかしなくていい場所にいたい。
無力でいる快感とは、自分で何とかしなくていい快感である。
これは、無能になりたいという話ではない。
現実で何もできない人間になりたいわけでもない。
ただ、できる男でいなければならない、
という内側の命令から逃れたい。
「自分でやりなさい」ではなく、
「勝手にしないの」と言われたい。
「ちゃんと考えろ」ではなく、
「考えなくていいから従いなさい」と言われたい。
「しっかりしろ」ではなく、
「ほんと、しっかりできない男ね」と上から見られたい。
その瞬間、M男は自分の力を手放せる。
力を持っている男が、力を使わなくていい場所。
できる男が、できない男として扱われる場所。
大人の男が、管理される側に落ちる場所。
そこに、甘い無力さがある。
情けない自分を見せられる場所は少ない
男は、情けない自分を見せる場所が少ない。
泣き言を言いにくい。
嫉妬を見せにくい。
寂しさを見せにくい。
甘えたいと言いにくい。
依存したいと言えない。
弱いところを見せると、負けた気がする。
小さい男に見える気がする。
面倒くさい男だと思われる気がする。
だから隠す。
でも、隠した弱さは消えない。
ただ、奥に溜まっていく。
M男は、その溜まった情けなさを、SMの中で差し出す。
強い自分ではなく、弱い自分。
できる自分ではなく、できない自分。
まともな自分ではなく、どうしようもない自分。
それを見せる。
しかも、ただ見せるだけでは足りない。
その情けなさを、受け止めてほしい。
「情けないね」
「ほんとダメだね」
「一人じゃ何もできないの?」
そう言われると傷つく。
でも、その言葉の奥に
見捨てない気配があるなら、M男は崩れる。
強い自分を褒められるより、
弱い自分を捨てられないことの方が、深く刺さる夜がある。
ここが、M男の面倒くささであり、かわいさでもある。
ダメだと言われたい。
でも、本当に捨てられたいわけではない。
情けないと言われたい。
でも、見限られたいわけではない。
しょうがない男として扱われたい。
でも、放っておかれたいわけではない。
その矛盾が、M男を甘くする。
“ダメな男でいたい”は、自己破壊ではなく自己許可である
ここで、はっきり線を引いておきたい。
“ダメな男でいたい”という欲望は、
人生を壊したいという意味ではない。
仕事を投げ出そうという話ではない。
人に迷惑をかけていいという話でもない。
本当に自分を破滅させたいという話でもない。
戻れない退廃は危険になる。
戻れる退廃だから、甘い。
M男が求めているのは、破滅そのものではない。
破滅の匂いだけを、安全な場所で味わうことだ。
現実ではちゃんとする。
でも、非日常では少しだけ崩れる。
普段は立つ。
でも、そこでは膝をつく。
普段は隠す。
でも、そこでは弱さを差し出す。
それは自己破壊ではない。
自己許可に近い。
ダメな男でいたいのではない。
ダメな男でいても許される場所が欲しいのである。
この違いは大きい。
M男は、本当に自分を嫌いになりたいわけではない。
本当に価値のない男になりたいわけでもない。
むしろ、普段は価値ある男でいようとしている。
ちゃんとした男でいようとしている。
だからこそ、ダメな自分を許す場所が必要になる。
「今だけは、できなくていい」
「今だけは、情けなくていい」
「今だけは、立派じゃなくていい」
そんな許可が欲しい。
これは堕落のすすめではない。
立派でいられない自分を、少しだけ許すための退廃だ。
甘やかされたいのではなく、管理されたい
M男の甘えは、ただ優しくされたいだけではない。
ここがまた、ややこしい。
ただ放っておいてほしいわけではない。
好きにだらしなくしていたいだけでもない。
何でも許してくれる相手がいればいい、という話でもない。
むしろ、見られたい。
管理されたい。
面倒を見られたい。
放っておかれたくない。
「しょうがない男ね」
「ちゃんと見てないとダメね」
「一人にしたらすぐ崩れるんだから」
そんなふうに扱われたい。
M男が欲しい甘やかしは、放任ではない。
“しょうがない男ね”と見張られながら許される甘さだ。
ここに、独特の退廃がある。
自由にダメでいるのではなく、
管理されながらダメでいる。
見捨てられてダメになるのではなく、
見られながらダメでいる。
放置されるのではなく、
支配の中で情けなくなる。
だから甘い。
ダメでいることを許されたい。
でも、放っておかれたいわけではない。
むしろ、ダメなところを見られていたい。
だらしなさを拾われたい。
情けなさを管理されたい。
「まったく、あなたはダメね」
この言葉は、冷たいようで温かい。
本当にどうでもいい相手には、そんなことを言わない。
見ているから、言う。
管理する気があるから、言う。
まだそこに置いておく気があるから、言う。
M男は、その気配に弱い。
ダメな男でいる快楽は、戻れる場所があるから甘い
退廃は、危うい。
ダメな自分に沈むことは、気持ちいい。
でも、戻れなくなると危ない。
だから第5回で扱っているのは、
現実を壊す退廃ではない。
安全な時間。
合意のある関係。
戻れる場所。
終わったあとに、自分を拾える感覚。
それがあるから、M男は沈める。
戻れない退廃は危険になる。
戻れる退廃だから、甘い。
現実に戻る必要はある。
仕事も、生活も、人間関係もある。
ずっとダメな男のままではいられない。
でも、だからこそ一時的な退廃が濃くなる。
「今だけ」だから沈める。
「この場所だけ」だから壊せる。
「この相手の前だけ」だから、情けない自分を出せる。
M男が求めているのは、人生の破滅ではない。
破滅の匂いだけを、安全な場所で味わうことだ。
ここを間違えてはいけない。
ダメになりたいのではない。
ダメな自分を出しても、戻ってこられる場所が欲しい。
その意味で、Mの時間はただの堕落ではない。
一時的に崩れるための、小さな儀式でもある。
崩れる。
沈む。
情けなくなる。
甘える。
管理される。
そして最後には、また現実に戻る。
戻るからこそ、沈む時間が甘くなる。
M男は、立派な男に戻る前に少しだけ沈みたい
M男は、ダメな男になりたいわけではない。
本当はわかっている。
ずっとダメでいられないことも。
現実には戻らなければならないことも。
ちゃんとした男の顔を、またかぶる必要があることも。
でも、その前に少しだけ沈みたい。
立派な男に戻る前に、情けない男として置かれていたい。
大人の男に戻る前に、管理される側でいたい。
自分で立つ前に、誰かの目の下で崩れていたい。
それは、甘くて恥ずかしい願いだ。
「俺はダメです」
「ちゃんとできません」
「一人では戻れません」
「もう少し、このままでいさせてください」
そんな本音を、口にするのはあまりにもみっともない。
だからM男は、言葉ではなく態度で差し出す。
従う。
崩れる。
甘える。
情けない顔を見せる。
しょうがない男として扱われる。
そして、その状態を許されることで、ようやく息をつく。
M男は、ダメな男になりたいのではない。
ダメな自分を隠さなくていい時間が欲しいのだ。
ここには、ただの堕落ではない深さがある。
普段、自分を律している男ほど、
律しない自分に憧れる。
普段、強くあろうとする男ほど、
弱く崩れる時間を欲しがる。
普段、ちゃんと生きている男ほど、
ちゃんとしていない自分を誰かに見せたくなる。
それは病みではない。
人間らしさだ。
立派でいられない自分。
情けない自分。
甘えたい自分。
管理されたい自分。
もう少しだけ大人を休みたい自分。
そんな自分を、すべて消そうとしなくていい。
M男は、その弱さをエロに変える。
羞恥に変える。
退廃に変える。
そして、誰かの前でだけ、そっと差し出す。
「こんな俺でも、ここにいていいですか」
その問いに、上から見下ろすように、
「しょうがない男ね」
と返される。
その瞬間、M男は羞恥で赤くなりながら、心の底で歓喜する。
見抜かれた。
許された。
管理された。
そして、捨てられなかった。
“ダメな男でいたい”という欲望の正体は、そこにある。
ダメになりたいのではない。
ダメな自分を、誰かの支配の中で許されたい。
立派な男に戻る前に、少しだけ沈ませてほしい。
その甘い停滞こそ、“ダメな男でいたい”
という退廃の正体なのかもしれない。
次回:M男にとって“女王様”とは何なのか
今回は、“ダメな男でいたい”という甘い退廃を見てきた。
M男は、責任から逃げたいだけではない。
ちゃんとした男を休みたい。
大人を休みたい。
情けない自分を隠さずにいたい。
ダメな男でいても、許される場所が欲しい。
では、その弱さを受け止め、管理し、
上から見下ろす存在とは何なのか。
M男にとって女王様とは、
ただ怖い女性なのか。
ただ命令する相手なのか。
それとも、情けない自分を
預けるための、特別な存在なのか。
次回は、連作の核心に近いテーマ。
M男にとって“女王様”とは何なのか
へ進んでいく。

